ポークのウェルダンで物語な日々

主に映画、ときどき小説、漫画、ゲームなどの感想や紹介を書いています。

『アリス殺し』感想|それは本当に夢か?現実か?

どうもはじめましてこんにちは。おはようからおやすみまで、あなたを見守るポークでございます。


突然ですが皆様は、夢を見ますでしょうか?

僕は将来パイロットになりたい。いやいや今の時代は安定した公務員が一番だ。私は貯金していつかマイホームを買うわ。なんていうほうの夢ではありません。


星降る夜に、お布団の中で見る夢でございます。私は最近あまり夢を見ませんが、昔見た巨大な猫に追いかけられるという夢が大変印象に残っております。

まったくもって奇想天外な夢をしょっちゅう見るなんて方もいるようで、夢日記をつける方もまたいらっしゃるとか。

そういった方は別として、みなさまは最近見た夢を思い出せるでしょうか。

その夢の内容が、ルイス・キャロル作『不思議の国のアリス』に登場するキャラクターになって不思議の国で過ごすなんてものだったりはしませんか?

だとしたら、あなたには不思議の国にアーヴァタールが存在しているのかもしれません。

何を意味不明のことを言っているのかって?心配することなかれ、私はいたって正気でございます。

ただ、不思議の国の夢を毎晩見るという、魔訶不思議な体験をした女の子の物語を読んだのです。


というわけで、今回は小説の感想を書きたいと思います。その名も、ドン

小林泰三著『アリス殺し』

ずいぶんと物騒な題名ですが、なんとも興味がわくではありませんか。かくいう私もこの題名だけを見て衝動買いしたクチです。そして思ったとおり、とても面白い物語でした。


またネタバレにつきましては、推理小説で犯人の名前やトリックを暴露するなんて野暮はいたしませんので、未読の方もどうぞご安心くださいませ。


さて、ここまでの長い前置きは忘れていただいて結構。皆様を世にも奇妙な物語へご案内いたしましょう。

 

序盤はとにかくイライラする

主人公・栗栖川亜理は、不思議の国で暮らすアリスの夢ばかりを見ることに気づきます。しかしある日、夢の中でハンプティ・ダンプティが墜落死すると、いったいどういうわけか現実でも彼女の身近で転落事故が起こってしまいます。

あなおそろしや。夢の中で不思議の国の住人が死ぬと、現実でその住人と夢でつながっていた人物までもが死んでしまうというわけなのです。(作中ではリンクしている不思議の国の住人のことを、インド神話からとってアーヴァタールと呼びます。)

困ったことに不思議の国では次々に殺人事件が起きていて、なんとアリスがその犯人として疑われてしまうのです。亜理は同じく不思議の国の夢を見ている同学年の井森とともに、真相究明に乗り出しますが……。

どうなるアリス、このままでは連続殺人事件の犯人として、赤の女王に首をちょん切られてしまう!アリスおよび栗栖川亜理の運命やいかに!?

そして連続殺人事件の犯人とは!?謎が謎を呼ぶ奇妙キテレツなミステリーが、今ここにはじまる!!


  なんていう、なかなかにワクワクするストーリーなのですが。

まず、本書をこれから読もうかな~なんて思っている方に言っておかなければならないことがあります。

それはすなわち、とにかく序盤でイライラさせられるだろうということです。

ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』を読んだことがある方はご存じでしょう。なんといっても、不思議の国の生き物たちはみんなアホか間抜けか嘘つきなのです。

そのせいで会話はいつも堂々巡り。冗談を本気にして騒ぐ、話の腰を折る、ついさっき話したことを忘れる、また一から説明しなおす……。とにかく話が進みません。何度本を放り投げたい衝動にかられたことか。しかしそのたびに本は数少ない私の友人であると表紙をやさしくなでつつ、深呼吸してどうにか読み進めました。お間抜けな彼らと実際に会話しているアリスの心労を思えば、文字越しに展開を眺めている程度の私の腹立ちなど些事中の些事でしょう。

しかし、後半からは一気に巻き返します。深まる謎や次々に殺されていく登場人物たちに戦々恐々としつつも目が離せないといった調子で、一気に読むことができました。思いもよらなかった真相やトリックが飛び出して、前半のもどかしさなど吹っ飛んでしまいました。

ですからたとえ序盤であまりにイラつき脳の血管がプッツンしそうになったとしても、そこで放り出してしまうのはもったいないと思います。いえプッツンしろと言いたいのではありません。はやく謎を解くことばかりにこだわらず、一歩引いた気持ちで読むとよいと思うのです。一見どうでもいいつまらない会話に思えても、実は真犯人につながる重要なヒントが隠されたセリフだってあるかもしれませんからね。

それに、慣れてくるとおバカなキャラクターたちがだんだん愛おしく見えてくるのです。それだけに次々と殺されていくのは心が痛みました。彼らには心よりご冥福をお祈りいたします。

 

描写が怖い

『アリス殺し』の本文はセリフがほとんどなのですが、たびたび出てくる死体の描写や殺害シーンなどはリアルめに書かれていてちょっとグロくなっていました。なので苦手な方はご注意くださいませ。

文章で説明されるだけに、想像力が豊かな方ほどひどい目に合うのではないかと思われます。

 そして、だいぶグロいことになっているというのに、あまりキャラクターが痛そうにしていないというのも特徴だと思います。読んでいるこちらも、まるで痛覚がマヒしているような、彼らが何かの作りものであるかのような錯覚を覚えました。それなのに生々しい赤い血やらなんやらは飛び出すという、なんとも気味の悪い雰囲気が出来上がっているのです。思わず、これ本当にミステリー?ホラーじゃね?と突っ込みたくなること間違いなしです。

ですが、こうした書き方は童話『不思議の国のアリス』にもあった、奇妙な世界観、不条理なストーリーなどからくる不気味さと通じるものがあります。まさに『アリス殺し』の名にふさわしいお話だったというわけです。本当は怖い昔話を読んでいるような、ダークなメルヘンを味わった気分になれました。

 

井森とビルが好き

この物語のキーとなるのは、やっぱり井森とビルというキャラクターでしょう。最後に彼らの魅力について語りたいと思います。いえ語らずにはいられません。

なんといってもわたくし、作中では主人公の栗栖川亜理よりもアリスよりもダントツで井森およびビルが好きだったのです。きっと同志は多いはず。

井森は現実世界で亜理と同学年の男子学生で、ビルは井森の不思議の国でのアーヴァタールです。現実世界では亜理と井森が、不思議の国ではアリスとビルがコンビを組んで事件捜査に乗り出します。 

まず、ビルはトカゲだったりします。もう正真正銘のおバカさんです。上に書いた、キャラクターがアホすぎて大変イライラさせられたというのは八割がたビルのせいです。そんなビルが気づけば大好きになっているのですから、世の中どう転ぶか分かったものではありません。ダメな子ほどかわいいとは言いますが、ビルは大気圏を突き抜けんばかりのおバカさんでも、根はいいヤツなのです。

一方の井森君は大変頭がよく、犯人探しをする上でも亜理より機転が利いて鋭い洞察が光ります。まったく、井森のアーヴァタールがあのビルだなんて悪い冗談だろうと思いますが、実際そうなのだから仕方ありません。確かにどこかビルのようなおっとりしたところもあって、変人な天才タイプといったところでしょうか。

どうやらアーヴァタールというのは、その人であってその人ではなく、井森の場合はビルでいる間に記憶は共有できてもビルの思考や感じ方しかできないようなのです。そのため現実では後光が見えるレベルに頼もしい井森君も、不思議の国ではてんで役に立たない、3歩歩いたらすべて忘れてしまう間抜けのビルになってしまいます。

このギャップがまたなんとも言えずよいのです。ストーリー的にも面白いキャラです。

 

そして井森とビルは『アリス殺し』シリーズの『クララ殺し』『ドロシイ殺し』にも登場するようで、その人気っぷりがうかがえるというものです。この二作品はまだ文庫化はされていないようで、お手頃価格で変える日を今か今かと待つばかりです。私も早く読破したくウキウキしております。

 

 

というわけで、いやはやビックリ仰天マカフシギなダークミステリーでございました。思ってもみなかったトリックに見事に騙され開いた口が未だにふさがりません。ビルのような間抜けは私でしたね。

本当に素晴らしい作品をありがとうございます。ごちそうさまでした。

 

最後に。複雑怪奇な駄文のラビリンスをこえ、こんなところまで読み切ってくださったあなたに、溢れ出る心からの感謝をささげます。あなたの夢が楽しいものでありますように。

それでは、またどこかで。