『おとなの事情』感想|月夜に起きた不思議でえげつない出来事
突然ですが、クイズです。
いつもあなたのすぐそばにいて、あなたのことなら何でも知っています。あなたの連絡先はもちろん、人によっては性癖や悩み、趣味、人間関係、今朝何を食べたか、体重、カラオケの十八番、はたまた銀行の口座番号や貯金額、住所まで何でも。
さて何でしょう?
最大のヒント。これも人によりけりですが、今、あなたの目の前にあるものですよ。
……もうお分かりですね。隠すまでもないでしょう。
そう、スマートフォンです。
今現在スマホでこの記事を見ているなんて方もいらっしゃるでしょう。ありがとうございます。もちろんパソコンからの方へも降りそそぐような感謝を。
さて、そんなスマートフォン。この薄っぺらい小さな板きれに、あなたはどれだけの秘密を知られているでしょうか。
秘密を知られている?まるでスマホに弱みを握られているような言い方じゃないか。そんな馬鹿なことがあるか。……そうお思いですか?
あなたが遠くにいる誰かと会話をするとき。暇つぶしのゲームをするとき。ネットで買い物をするとき。出先で調べ物をするとき。動画を見るとき。ニュースや電子書籍、そしてブログを読むとき……
これらすべての行為を、スマホを通して行っているのです。あなたのスマホが見ているあなたの日常、趣味嗜好は、4Kテレビよりもさぞやハッキリクッキリ鮮明に手に取るように分かってしまうことでしょう。スマホ、それはまさにブラックボックス。あなたのことなら、他人に知られたくないことも、あなた自身分かっていないことでさえ、何でも知っているのです。
なに、恐れることはありません。なぜならスマホにはしっかりとロック機能がありますし、セキュリティーだってアメリカ大統領のSPばりにしっかり守ってくれることでしょう。何かしらの怪しげなメールのURLや画像をクリックしたりしなければ、あなたの大切な情報が抜き取られることはありません。
そう、みずから誰かにスマホを“見せる”なんことをしない限りは。
……ええ、いたんです。スマホに来たメッセージを互いに見せ合うという、禁忌といっても過言ではないスリリング・オブ・スリリングなゲームを行ってしまった人々が。
というわけで、今回はそんなおバカをやってしまった人々を描いたイタリア映画、『おとなの事情』の感想を書かせていただきたいと思います。
お、おとなの事情だなんて……!そ、そそそんな破廉恥な!しかもイタリア……いったいスマホにどんなけしからんアレコレが……
なんて誤解を招きそうな題名ですが、実はこれコメディ映画です。R指定もございません、多感な青少年の皆様も安心してご鑑賞ください。逆にこの映画とはまったく別物の、そっちの意味で「オトナの事情」と検索してここに来てしまったそこのあなた。残念、ここにえろはありません。
とはいっても、破廉恥とは違った意味で青少年の方々には見てほしくない、まさにおとなの事情が生々しく描かれた映画なのですが……。
さてさて前フリも十分なことですし、さっそく本編参りましょう。
今回も物語の核心に迫るようなネタバレはしておりませんので、未視聴の方もどうぞ最後までお付き合いいただけますと、大変嬉しゅうございます。
コメ……ディ?
こんなに月が蒼い夜は、不思議なことが起きるかもしれません。いえ蒼いというか月食の夜のことです。
ロッコとエヴァ夫妻は、仲良しのレレ、カルロッタ、コジモ、ビアンカ、ペッペを家に招き、月食を見ながらの食事会を開きました。レレとカルロッタ、コジモとビアンカはそれぞれ夫婦で、ペッペはバツイチです。ペッペ……強く生きろよ……とお思いかもしれませんが、今はペッペにも新たな恋人がいるので大丈夫、彼もまたリア充です。
しかし、そんな選ばれし7人の食事会が、穏やかに過ぎていくことはありませんでした。
事の発端はエヴァの一言。ねえ、ゲームをしましょう、と。
この食事会の間に来たメール、電話をその場の全員に公開しようというのです。
いくら仲のいい友達といっても、電話やメールの内容を見せるのには抵抗があるものでしょう。しかしその夜、彼らはそのゲームに賛同してしまうのです。なんといっても月食の夜の出来事、月の不思議な魔力で何が起きてもおかしくはない……そんな気がしてきませんか?
さてさっそくゲームを始めた男女7人。はじめのうちは何気ない知り合いからの連絡が来たりして、楽しいムードのまま進みます。ところがそのまま終わらないのがこのお話がお話たるゆえん。だんだんとあんな相手やこんな相手からとんでもないメッセージが来ちゃって、あいつの秘密やこいつの秘密が暴露されていく……!
うそ、彼にあんな隠し事があったなんて!彼女ホントはそんなだったの!?やだもう、みんな仲のいいふりして秘密ばっかりじゃない!!
ちょっと待って!……今鳴ってるの、私のスマホじゃない!?
い、いったい誰から!?……まさか、あの人からじゃないでしょうね !?
なんていう、“おもしろおかしき”コメディ映画なのですが。
え……いや、これがコメディ?となること間違いなしです。
確かに面白いですよ、前半は。浮気相手から連絡がきたと見せかけて、実はふざけているだけだったり。はたまたちょっとした秘密がばれそうになって必死にごまかしたり。
そんな姿にはくすっとさせられて、さあ今度はどんな隠し事が白日の下にさらされるんだ!?なんて期待を抱かせてくれました。しかしそれも、ゲラゲラと大笑いしてしまうほどの面白さではないのです。
これでコメディというには、ちょっと物足りない。後半でもっと面白くなるのか……?と思った矢先のことです。
中盤で、とある人物のとある事実が明らかになったあたりからでしょうか。物語はどんどん笑えなくなってゆきます。
発覚した事実が衝撃的過ぎて、ドン引いてる登場人物たちの空気感がありありと伝わってくるのです。そのあとはもうシャレにならない秘密の暴露大会、たった数時間の間に核弾頭レベルの激ヤバメッセージがこうも届くのかというツッコミはさておき、まあみなさんそれぞれに危険度マックスな秘密を抱えておられたものです。最後なんてもうエグイのなんの……。
とにもかくにも、コメディ映画のつもりで観るものではございませんでした。本当に。
ここまで読んでネタバレだと感じた方がいらっしゃいましたら、申し訳ありません。ですが、今は気分が落ち込んでしょうがない、そうだコメディ映画でも観よう!なんて軽い気持ちでこの映画を観てしまおうものなら目も当てられない、さらに憂鬱、胃もたれすること山のごとしです。そんな私のような方を少しでも減らすためにも、コメディはコメディでもヘビーでブラックなコメディであることをお伝えしておきたかった次第です。
でもいい映画
とはいえ、決してつまらない映画だったというわけではございません。確かに笑いを求めてこの映画を観るとひどい目にあいますが。
しかし、人間の隠された醜い部分を暴き出すストーリー構成はお見事!の一言に尽きますし、ラストも“月食”だからこそなせるセンスある終わり方だったと思います。観た後に、「コメディのはずがとんでもないものを観てしまった」「なんて重たいんだ」と感じるということは、それだけこの作品に引き込まれてしまったということでしょう。こういった良さはイタリア映画ならではでしょうか。
それに、すべてを知ったうえでまた最初から見返してみると、新たに見えてくるものがあるかもしれません。何度嚙んでも味が出るスルメのような映画です。
人間ドラマとして観るのなら、この作品は大変素晴らしく、観た者の心に何かしら光るものを残していくことでしょう。メンタルが健康な時であれば、ぜひお勧めしたい映画でございました。
秘密は秘密のままに
何はともあれ、やっぱり世の中には知らないほうが幸せでいられることがあるとよく分かりました。スマホのメッセージを見せ合うだなんて愚の骨頂、隠しておくほうが人は平穏に暮らせるのですね。
実は私、以前『Mr.&Mrs. スミス』という映画の感想を書かせていただいたときに、冗談のつもりで「秘密なしに人は生きていけない」なんてことを書きました。
あの時は適当にそれらしく書いただけだったのですが、こうしてみると案外人というものの本質をついていたのかもしれません。
また面白いことに『おとなの事情』も『Mr.&Mrs. スミス』も夫婦が重要な人物として登場する物語なのです。“夫婦”と“秘密”は切っても切り離せない関係なのかもしれませんねえ。
“おとなの事情”とは、実に厄介なものです。
というわけで、『おとなの事情』レビューでございました。
親しき仲にも隠し事あり。皮肉なことですが、案外それが大人同士のある意味健全な付き合い方なのかもしれません。歳の数だけ秘密は増えてゆくものなのでしょう。
そう思ったと同時に、現在の私たちはこうもスマホに依存した日々を過ごしているのだなあと改めて驚かされました。『おとなの事情』で見せ合ったのはスマホの通話とメールのみでしたが、もしもその他のSNSやらアプリやらも含めて行ったら。映画の中の彼らだけではなく、私たちにもあまり人には知られたくないことが一つや二つ隠されているのではないでしょうか。
いやはや、スマートフォンのおかげで我々の生活ははるかに便利になりました。しかし、破滅をもたらすのもまたスマートフォンなのかもしれませんね……。
信じるか信じないかは、あなた次第。なんちって。
最後に。おとなの事情と同じくらい複雑怪奇なインターネットの中で、ひと晩置きっぱなしにしたコップの底にわずかに落ちたホコリのような当ブログを発見し、こんな最果ての地まで読んでくださったあなたへ、大きな大きな感謝をささげます。
あなたのシャレにならない秘密が、決してバレることがありませんように。
それでは、またどこかで。