ポークのウェルダンで物語な日々

主に映画、ときどき小説、漫画、ゲームなどの感想や紹介を書いています。

『300〈スリーハンドレッド〉』感想|男たちの熱き戦いと筋肉を目撃せよ

戦じゃあ!!血沸き肉躍るアドレナリンどばどば筋肉もりもりバトルじゃあ!!!

祖国がため!妻がため、我が子がため!つはものども走れぇ!!その鍛えぬかれた四肢をもってして、侵略者どもに知らしめるがいい!!その強さを!その誇りを!その魅惑の筋肉ボディを!!

忘れるな!己が何者であるかを!

思い出せ!盛り上がった鋼のごとき大胸筋に隠れた気高き心を!

血風を切り裂き、己が敵の心に刻み込め!愚かな奴らが一体何を敵に回してしまったのか、その尊き自由なる者どもの名を!!

スパルタクス!!!

 

……おっと、これは失礼いたしました。まだまだ冷めやらぬ興奮がつい出てきてしまいましたね。

決して気が狂ったのではありませんので、どうぞご安心を。

 

いつの時代も、戦いとは人をアツくさせるものです。

なにも武器を持ち敵を倒すことだけが戦いではありません。平和な現代日本に住む我々もまた、いつだって戦っているのです。

 

例えば、終わらない仕事。上司の嫌味。月曜日。どう頑張っても眠くなってしまう物理の授業。痩せたいというのに誘惑してくるコンビニスイーツたち。

言い出せばきりがありません。それらすべてと、我々は戦っているのです。人生という長い長い戦いです。

そう、誇りを持ってください。あなたは戦士なのです。ウォーリアーです。

時にくじけ、足をすくわれ、果てしなく続く険しい道に呆然と立ち尽くすこともあるでしょう。それでも戦わなければなりません。未来に輝く希望のために。

希望。それは、長く苦しい作業を越え仕事を完遂し、上司を見返した瞬間であり。睡魔に負けず勉強に励み、テストで高得点を取った瞬間であり。つらいダイエットが実を結び、理想のスレンダーボディーを手に入れた瞬間でもあります。

時には仲間もできるでしょう。家族という安らぎを得るかもしれません。そしてまた新たな戦いが始まるのです。人生はそうして続きます。

最後の最後に、自分が今まで歩んできた戦いの軌跡を振り返った時。あまりに多くの苦難、そして喜びがあったことを知り、あなたはきっと満足することでしょう。

 

さて話の終着点が見えなくなってきたところで、この意味の分からない人生談は終わりにしたいと思います。またも関係のない話をだらだらと書いてしまい申し訳ありません。どうぞ忘れてください。今回は別の本題があるのですから。

 

というわけで、この度感想を書かせていただく映画はこちら、ドン

『300〈スリーハンドレッド〉』

スリーハンドレッド。この数字はいったいどんな意味を表しているのか。

300匹わんちゃん?秒速300センチメートル?300人の侍?いいえ違います。

何を隠そう、一見膨大に感じたるこの数字は。100万という圧倒的な数の兵士を有する超巨大帝国であり、しかし自由なき奴隷国家でもあるペルシア帝国に挑んでいった、あまりに無謀、そしてあまりに勇敢なスパルタの戦士たちの人数なのです。

 

スパルタ。スパルタ教育なんていう言葉の語源となった、古代ギリシアの都市のことです。

世界史が好き、もしくは絶賛受験勉強中の方ならご存じでしょうか。紀元前500年~紀元前449年ごろにかけて起きたペルシア戦争。中でも、スパルタ軍わずか300人を主体としたギリシア軍が、圧倒的不利の中ペルシア軍を3日間も食い止めたといわれる前480年に起きた(諸説あり)テルモピュライ戦い。本作は、この戦いを描いた物語なのです。

とはいえ、小難しい歴史の知識がなくても十分楽しめるのが『300〈スリーハンドレッド〉』。まったくの史実通りというよりは、若干手が加わってエンターテイメントに仕上がっています。

たった300人の男たちが、100万の軍勢を相手にまさに孤軍奮闘、肉体と肉体がぶつかり合うその迫力に、きっとあなたは酔いしれることでしょう。

 

しかし一つ注意点がございます。本作はR15+指定作品。血が噴き出せば首も飛びます。15歳未満の方、およびこうしたグロいエグいシーンが苦手な方にも、残念ながらこちらの映画はお勧めできません。若干のエロもあるのでそっち方面も要注意です。そっとこの記事を閉じましょう。

そうでない方は、引き続きよろしくお願いいたします。

 

さて、そしてネタバレに関しまして。当作品は歴史的事実を描いた物語なので、結末をご存じの方もたくさんいらっしゃることでしょう。しかし、こちらではその結末に関しては触れないように書きたいと思いますので、ご存じないという方もどうぞご安心くださいませ。

さあ、前置きもここまで長くなるともはや前置きとは言えなくなる気もしますが、ようやく本編スタートでございます。

 

すべてが美しい

『300〈スリーハンドレッド〉』のすごいところは、なんといってもその映像美でしょう。とにかく画面に映る人物といい背景といい、すべてが美しいのです。

主人公レオニダス王率いるスパルタ軍は、どいつもこいつもマッチョです。戦士として生まれ、幼いころから厳しい訓練に耐えてきた彼らの肉体美は、ボディビル選手権チャンピオンにだって引けを取りません。全員シックスパックです。

さらにそれだけではありません。戦士の皆様はお肌ツルッツルなのです。欧米の方々ですから、豊かな胸毛やらギャランドゥやらが生えていてしかるべきと思うのですが、彼らのボディーはまっさらなのです。思えばボディビルの方々もムダ毛処理はしっかりされているイメージがありますね。やはり彼らはボディビル選手権に……というよりも、とにかく見た目の美しさにこだわったという印象を受けます。まさにギリシャ彫刻といったところでしょうか。

全員パンツ一丁にマント姿だというのに美しさを感じてしまうくらいには、彼らの肉体はとても美しいものでしたからね。筋肉万歳。

 

そして、敵の姿にもある意味造形美がありました。

まったく、ペルシア人をなんだと思っているんだというくらいには、なかなかクリーチャーな敵が登場するのです。数メートルはあるんじゃなかろうかというほど巨大だったり、歯がサメのようにとがっていたり、腕がのこぎりのようになっていたり……。もはやビックリサーカス、ペルシア軍は実に個性豊かです。さすがはあまたの国、民族を飲み込んできた巨大帝国。ちゃっかりどこかのファンタジーな異世界も征服していたのでしょうか。

ともあれ、確実にフィクションであろうクリーチャーたちですが、彼らもまたこの映画の世界観にいい味を出してくれているのです。醜いけれど、どこか美を感じる、そんな造形でした。

 

アジアは宿敵

※申し訳ありません、こちらの章は小難しい世界史の話を書いてしまっています。歴史知らなくてもいいんじゃなかったのかよ、興味ねーんだよ、なんて方は、どうぞ読み飛ばしてください。

 

かつてのキリスト教の考え方で、ヨーロッパは貧しいが清らか、アジアは豊かだが腐敗している、といった考え方があったそうです。

今でこそヨーロッパは進んでいて、アジアは遅れているなんてイメージがありますが。近代以前、古代ではペルシア帝国だったり、その後の時代はイスラームが勢力を誇っていたりと、ヨーロッパにとってアジア、特に西アジアや中国あたりは決して侮れない敵だったのです。なんならアジアのほうが文化的に進んでいたかもしれません。アジア人としては大変誇らしいことですね。まあ日本はアジア関係なく近代までだいぶ遅れていましたが。ペルシア戦争の時なんて日本はまだ弥生時代でしたからね。

それはさておき。先述の通りヨーロッパにとってアジア=ライバルという認識があったため、アジアは強敵だが異教徒だ、堕落しているなんて考え方が生まれたのでしょう。

そういった意味では、化け物じみた姿のペルシア軍が登場する『300〈スリーハンドレッド〉』は、こうした歴史的にヨーロッパがアジアに対して抱いていた意識を見事に視覚化した映画とも言えます。

しかしまあ、実在するペルシア系の方々がこれを観たらどう思うだろうとは感じてしまいましたが。

 

……なんていう、やたらと歴史についてべらべら語ってしまい大変失礼いたしました。急にどうしたんだとお思いでしょう。これでも学生時代は歴史を学んでいたもので、つい語りたくなってしまったのです。知ったかぶりのたわ言と聞き流してくださいませ。

 

自由とは

作中のペルシア軍を見ていてもう一つ思ってしまったことがあります

この物語は、レオニダス率いるスパルタ軍が、彼らの祖国を服従させようとするペルシア帝国から自由を守るため戦うというストーリーです。劇中でもレオニダスはペルシア王クセルクセスに対して自分たちは自由であると言っていました。

しかし、両軍をよく見てみるとどうでしょう。

スパルタ軍は、端から端までみんなマッチョです。綺麗にムダ毛処理されたギリシア彫刻のごとき肉体美です。服装も同じ、首から下を見ただけでは人物の区別はつかないでしょう。

 

……はたして、それを自由といえるのでしょうか。

確かに彼らは何者にも服従しない、ひざまずかない、そんな信念を持って戦います。しかしあまりにも筋肉至上主義なのです。彼らは戦士しか認めません。スパルタはその名の通り自分にも厳しいのです。物語冒頭で、スパルタでは体の弱い者、不自由な者は赤ん坊のうちに捨てられるという描写がありました。むごいことですが、歴史的にも本当にそういうことはあったかもしれません。しかし、そこに自由という言葉を当てはめるのは違うように感じてしまいました。

 

かたやペルシア軍は、先ほど書いた通り大変個性に富んでいます。それはそうでしょう、ペルシア帝国が今まで征服してきた様々な国の兵士たちが寄り集まった、いわば連合軍のようなものなのですから。様々な国の鎧や服をまとい、武器や戦法も様々でした。

ペルシアは、国の征服はしてもその国の文化までは奪わなかったのです。これを自由と言わずしてなんと言うのでしょう。

そう、多様性です。様々な国の様々な文化、宗教を受け入れるということ。グローバル化が叫ばれる昨今の地球には、まさにふさわしい姿ではないでしょうか。

 

などというように、若干オーバー気味に書きましたが、そんな風に感じてしまったのでした。自分がアジアの極東に暮らすゆえに、少しペルシアに肩入れしてしまったかもしれませんが。しかしあまりにもペルシア軍がおぞましい姿で描かれていたもので、ちょっとかわいそうになってしまったのです。彼らだって同じ人間だろうに。

 

 

そんなこんなで、ずいぶん長々と書いてしまいました。

最後は批判っぽくなってしまいましたが、それを差し引いても余りあるくらいには面白き映画でございました。決して観て損はないと思います。
なんといってもあの美しいマッチョ姿を目撃せずにおくのはもったいないですからね。

 

最後に。いつになく長い前置き、長い本編、突然始まる歴史トークにめげることなく、地動説を唱え続けたガリレオがごとき執念を持ってここまで読んでくださったあなた様への感謝たるや。海よりも深く山よりも高い、いえ、大気圏を突破する勢いでございます。

闘うあなたの唄を、闘わない奴等が笑うかもしれません。それでも頑張るあなたの姿はとても美しいと思います。ファイト。

それでは、またどこかで。